朽木氏が戦国時代を乗り越えて江戸時代を生き抜いたその地をおとずれる
朽木は標高700m〜1000mの山々に囲まれた緑豊かな清流の里です。むかし朽木庄といわれたこの地は、日本海の若狭と京都の都を結ぶ重要な交通路でした。「鯖の道」と呼ばれるようになったのは、若狭で大量の鯖が獲れるようになった江戸時代の後期です。今では、この道は「鯖街道」と呼ばれ親しまれています。
朽木を散策するには、はじめに朽木陣屋跡を訪れ、朽木資料館でお話を伺ってから周るのがお勧めです。
車(レンタカー)でのんびり巡るコース例
ホテル 10:00発
車(約60分)
朽木陣屋跡 11:00着
朽木氏は、日本の氏族の一つで佐々木氏の分流として朽木庄を支配していました。元綱の時代、織田信長の朝倉攻めの際、同盟の浅井長政の裏切りにあい、挟み撃ちにあうという窮地のとき、元綱が朽木経由で織田信長を京都へ逃がす手引きをしました。その功で、後に家臣に取り立てられました。さらに関が原の合戦では東軍に属して勝ち残り、江戸の時代では交代寄合に列せられました。交代寄合とは老中支配下にあって参勤交代の義務を負うとともに、徳川家康の譜代大名格の待遇を受けるものです。その領地内に設けた官舎を特に陣屋と呼んでいました。明治維新でほとんどの建物は取り壊され、堀や石垣、土居、井戸などが残っており、近年になって、植物や樹木が植えられ、わら葺きの民家が移築されて史跡公園となっています。園内には朽木資料館があり、当時の面影を感じ取ることができます。
朽木陣屋跡 11:30発
車(約5分)
旧街道の陣屋町 11:35着
スポットW 旧街道の陣屋町を歩く
朽木陣屋跡より徒歩約8分
往時は行商人が行き交った市場として、また朽木の陣屋町として栄えた集落です。当時の軍事的なつくりの鍵曲(かいまがり)の道(少し進むと何度か直角にまがる道)や、街道沿いに流れる川戸(かわと)は昔の面影を残しています。写真の「丸八百貨店」は大正ロマン漂う外観がシンボルで、昭和初期の建物として国の登録有形文化財に指定されています。現在は地元の婦人会が運営する喫茶店として、散策途中の憩いの場となっています。
旧街道の陣屋町 11:45発
車(約5分)
道の駅「朽木本陣」 11:50着
スポットY 道の駅「くつき新本陣」
興聖寺(旧秀隣寺庭園)より徒歩約10分
古くから朽木の町は旧若狭国小浜と京都をむすぶ道、俗にいう鯖街道が縦断し、街道筋として栄えました。現在は国道367号なっている鯖街道に面し、道の駅「朽木本陣」があります。こぢんまりとした佇まいの建物ですが、2階レストランからは安曇川を望みながら寛ぐことができます。また、鯖街道交流館には観光案内所や休憩所があり、鯖街道の名残をとどめる“鯖のなれずし”や“栃餅”など豊富な品揃えを楽しめます。
道の駅「朽木本陣」 12:50着発
車(約7分)
興聖寺 12:57発
スポットX 興聖寺(旧秀隣寺庭園)
旧街道の陣屋町より徒歩約15分
1528年、十二代将軍足利義晴は三好長元反乱で京都を追われ、3年の間、朽木稙綱を頼って滞在しました。当時、朽木氏の本家にあたる佐々木一族の京極高秀や浅倉氏、浅井氏などの協力のもと、管領細川高国が将軍を慰めるためにこの庭園を贈ったといわれています。楠の化石の石橋をしつらえた原形は築庭当時そのまま残っています。また、十三代将軍足利義輝も家臣の細川幽斉と共に6年間ここに落ちのびていました。
道の駅「朽木本陣」 13:20着
車(約60分)
ホテル 14:20到着
オプションスポット
「グリーンパーク想い出の森」はルートから車で10分ほど外れてしまいますが、車でお越しの場合は立ち寄り湯や昼食ポイントなどとしておすすめです。
安曇川を渡った対岸にある緑豊かな大自然の中に広がる森林公園です。テニスコートをはじめ各種スポーツ施設が完備されており、ファミリーで楽しむのなら「グラウンドゴルフ」がお勧めです。各施設をつないでいる全長4kmの森の小径には途中に木製の遊具があり、アスレチックを楽しみながら森林浴が出来るようになっています。また、園内から湧出するくつき温泉「てんくう」には温水プール、露天風呂やサウナ等を備え、ドライブの疲れを癒すひと時をお楽しみいただけます。山女魚の里センターには、渓流魚・山菜・朽木ビーフなどが堪能できるレストランがあります。また、智善寺谷川に架かる長さ85m、高さ35mの吊橋が、対岸の県営施設「朽木いきものふれあいの里」と結んでいます。