滋賀と京都を結ぶ人工水路「琵琶湖疏水(びわこそすい)」はかつては資材の運搬や遊覧船が行き交う活気ある水路でした。自動車や鉄道の発達に伴い利用が少なくなり、1951年に船運は途絶えていました。
このかつての疏水で運航されていた通船を、観光船として復活させるべく、「琵琶湖疏水沿線魅力創造協議会」が設立され、明治維新から150年の節目となる今年、本格運航が開始されることになりました。
滋賀と京都を結ぶ人工水路「琵琶湖疏水(びわこそすい)」はかつては資材の運搬や遊覧船が行き交う活気ある水路でした。自動車や鉄道の発達に伴い利用が少なくなり、1951年に船運は途絶えていました。
このかつての疏水で運航されていた通船を、観光船として復活させるべく、「琵琶湖疏水沿線魅力創造協議会」が設立され、明治維新から150年の節目となる今年、本格運航が開始されることになりました。
船からは明治に建てられた水門、トンネルや橋、ポンプ室などレンガ造りでレトロな雰囲気の建造物を見ることができます。
中でも、このポンプ室は 京都国立博物館や迎賓館赤坂離宮を手掛けた建築家 片山東熊( かたやま とうくま)が設計しており、円柱付きバルコニーなどを備えたレンガ造りのネオ・ルネサンス様式が目をひきます。
明治維新後の新政府は外国から技術者を呼びさまざまな方面で指導を受けていましたが、琵琶湖疎水は外国人の指導なしに推進した日本最大規模の難工事でした。そのため完成したときは明治天皇ご臨席のもとに完成を祝ったほどです。
明治政府は3つあるトンネル、東西それぞれの洞門に伊藤博文、井上馨など6つの石額(せきがく)を掲げました。
写真は第3トンネル、洞門アーチの上には「過雨看松色(かうしょうしょくをみる)」とあります。洞門石額についてはまた別の機会にご紹介したいと思います。
山科の安朱橋付近は4月上旬に桜と菜の花が見ごろとなります。開花の時期があえば桜の舞い散る中、船上からのお花見を楽しむことができます。
びわ湖疎水船【公式】(外部サイトへ移動します)
蹴上乗下船場 Google Mapで地図を見る(外部サイトへ移動します)
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2018年月3月1日
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